漫画オタで、看護師で、ママ。そんな忙しい主婦の独り言です。
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ばあちゃん追悼記念 2
2010年06月20日 (日) | 編集 |
私が小さい頃、ばあちゃんちのすぐ近くに住んでいて、毎日ばあちゃんの家に通っていました。

私が覚えているのは、幼稚園の頃のことですが、おそらくもっと小さい時からタケばあちゃんにはお世話になっていたのだろうと思います。

幼稚園から帰ると、毎日弟と手をつないで、ばあちゃんちに歩いて遊びに行っていました。
ばあちゃんの家の敷地には、伯母さん(ばあちゃんの長男の嫁さん)がやっている美容院があり、いとこのアケちゃんとトモくんとは、毎日兄弟のように遊んでいました。5歳~3歳の男の子2人、女の子2人が集まって、ワイワイがやがや毎日飽きるということなく、走り回っていました。

じいちゃんは明治の男といった感じで、子供嫌い?で、廊下を走ったり騒いだりすると、よくゲンコツで頭を叩かれました。

おやつの時間になると、ばあちゃんが呼んでくれて、皆でトウモロコシを蒸したのだとか、山盛りの枝豆とか、りんご、糠漬け、茹でたほうれん草、かぼちゃ、身欠きにしんの煮付け、ごちゃごちゃ野菜が入った味噌汁、具がいっぱいのラーメンやそうめん、手作りのホットケーキ、蒸しパン、たまに何も無いとバターご飯(ごはんにマーガリンを混ぜて醤油をかけたもの)そんなのを食べました。お菓子とかケーキなんてお洒落なおやつは出てきませんでしたが、皆で食べるおやつはとてもおいしくて、楽しかったです。

おやつを食べると、じいちゃんとお風呂に入るのが日課でした。お風呂は五右衛門風呂ですごく熱くて、明治男のじいちゃんはもちろん、子供に合わせてぬるい風呂に入れるというような気遣いは一切なく、むりやり頭を抑えこまれ、10数えるまで出てはいけないのです。その10が数え歌になっていて「ひと~~つぅ、ふた~~つぅ、みっ~~つぅ」といった感じでしたので、すごく長く思えました。

風呂から出ると、ばあちゃんに送ってもらいながら、夕方の道を弟と歩いて家に帰りました。おそらく2時頃から6時ごろまで、ばあちゃんちに居たのではないでしょうか。

当時は、ばあちゃんも50才台半ばで若かったんですよね。じいちゃんやばあちゃんに可愛がられて育った子供時代の思い出、私の大事な宝物です。

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